地下鉄唐人町駅から菰川沿いに少し歩くと、「ヤクルト事業創業の地」と書かれた高さ約50センチの石碑が建っています。
この石碑は平成21年に「福岡ヤクルト販売株式会社」によって建立されたものです。
明治32年、長野県に生まれた代田(しろた)稔(みのる)氏は、栄養不足で亡くなる子どもたちを見て医者になることを決心し、京都帝国大学医学部へ進学します。
予防医学を志し昭和5年、乳酸菌の強化培養に成功。
自らの名前を取り「乳酸菌 シロタ株(L.カゼイ シロタ株)」と名付けました。
一方、後にヤクルト本社の初代社長となる永松(ながまつ)昇(のぼる)氏は、京都帝国大学を訪れていた時に代田氏と出会います。
永松氏は代田氏の乳酸菌による健康法に感銘を受け、昭和10年福岡市浪人町(現・唐人町)に「代田保護菌研究所」を設立。
シロタ株を入れた飲料「ヤクルト」の製造・販売を始めたのです。
設備はすべて手作りで、4~5人ほどでのスタートでした。
ヤクルトという名は、エスペラント語(世界共通語)でヨーグルトを意味する「ヤフルト」を元につくられた言葉です。
事業が全国に広がり、昭和30年に本社を東京に移しますが、この地が原点だったことは間違いありません。
なぜ唐人町で始めたのかは分かっていませんが、永松氏に誘われて創業に関わった人が近くに住んでいたから、という説があるそうです。